勉強手帖 vol.4|学校給食は、誰がつくってきたのか――救貧から教育へ、草の根の実践が社会を変えるまで
食・農・マインドフルネス。私にとっての3つの軸について毎日少しずつ学びを重ねています。新村洋史さんの『世界の学校・食育の歴史』を読み進める中で、今回は学校給食がどのように生まれ、社会の中に位置づけられてきたのかを学びました。
学校給食という言葉から私が真っ先に思い浮かべたのは「子どもたちが学校で昼食を食べるという身近な制度」でした。でもその歴史を学んでみると、今のような形に至るまでには想像を超える本当に長い時間とたくさんの人の働きかけがあったことがわかり、とても驚きました。
特に印象的だったのは、給食が貧困や生活困窮から子どもたちを救うための「救貧」としての福祉的な取り組みから、子どもの心身の成長を支え、学びを保障する「教育」の位置づけへと変化していくプロセスです。その移り変わりの背景には、子どもたちの姿を丁寧に、想いをもって見つめ、目の前の課題に向き合い続ける人たちの実践と行動の積み重ねがあったことがわかり、心動かされました。
子どもたちの生活を見つめることから見えた、給食の必要性
給食の歴史は、学校という場所の発展と深く結びついています。学校的な場所が誕生し、制度的な整備や発展と共に子どもたちが集団で過ごすようになると、それまで家庭や地域の中にあって見えにくかった子どもたちの生活実態が少しずつ見えるようになりました。すると、学校に通っていても実は十分な食事をとれていない子どもがいること、学ぶために学校へ来ていても、空腹や栄養不足によって学びに向き合うことが難しい子どもがいることなどの現実が明るみになり、給食の必要性が認識されるようになったのです。
本書では、19世紀のイギリスにおける教育や社会福祉の取り組みが紹介されています。メアリー・カーペンターが、犯罪少年の矯正と教育のために給食授産学校の設立を提言したことなどもその一つで、その後「初等教育法」によって学校委員会の設置が義務づけられるなど、学校教育の制度が変化していく過程についても丁寧に紹介されていました。こうして、今当たり前にある学校や給食ができるまでの歴史を知ると、社会の課題や子どもたちの生活にある課題が整い始めるまでには、課題を認識したたくさんの人たちの実践と制度の整備が互いに関わりながら、決して平坦でもまっすぐでもない道のりを一歩ずつ進んできたことがわかります。
救貧のための食事提供から、学ぶ権利を支えるための存在へ
先述の通り、本書を読んで特に考えさせられたのは、学校給食の位置づけが変化していく様子です。中でも、人々の価値観が変わるのには時間や働きかけが必要なのだということが印象的でした。本書では、その変遷の過程で議会やメディアがどのような言葉を発し、社会ではどのような価値観が広がっていたのかについても鮮明に描かれています。
中でもとても印象的だったのは、1870年初歩教育法によって学校委員会の設置が義務化され、ボランタリーな私設学校と公費による初歩学校が併存する状況のイギリスで、大衆向け新聞のランセットが学校給食を「公的・制度的に保障すべき」だと論じたこと、そしてそれを受けて議会でS.スミス議員が発した以下の言葉です。
議会が法の力で就学、通学を子どもに強制するのであれば、学校の課業のプレッシャーに子どもたちが立ち向かえるように、十分な栄養物を提供しなければならない。学校の衛生管理だけにとどまらず、国の補助金は子どもの身体的健康や学校給食のためにも支出されるべきである。そのようにして、衛生学や保健科学を教育制度にも適用すべきなのである。
p.73
食事は、子どもたちが安心して過ごし、身体を動かし、人と関わり、自分の可能性を育んでいくための土台であり、それは個人の裁量にだけゆだねられるべきではない。食べることを、困っている人への特別な支援にとどめず、すべての子どもたちの成長と学びを支えるものとして捉え直すべきである。そのようなことを訴えかける言葉だと思いました。
子どもたちを見て、動く民間の力
学校給食の歴史の中で、民間のボランティア団体や地域の人たちが重要な役割を果たしてきたことも印象的でした。制度が整う前から、子どもたちの生活を観察し、食事を提供し、学校や地域の中で実践を積み重ねた人々の存在です。
目の前の子どもたちに何が起きているのか。何に困っているのか。どうすれば、もっと健やかに育ち、学び、生活できるのか。目で見て感じたことから始まる実践が、社会で共有され、必要性が認められ、制度の整備へとつながっていく。ひとつひとつの実践がそのまま社会全体を変えるわけではなく、実践を続けることにも、必要性を周囲に理解してもらうことにも、制度を変えていくことにも、それぞれに困難がありながらも、それでも子どもたちとともにあり、目の前の課題に応えようと実践を積み重ね、記録し、根拠を示しながら社会に伝えていく姿です。そうしたひとつひとつの働きかけが長い時間をかけて、これまでの文化や当たり前を少しずつ変えてきたのだと実感し、歴史を変えるような大きな出来事の背景には、日々の暮らしの中で生まれた、名もない実践や、一人ひとりの切実な思いがたくさんあったのだと、深い敬意を覚えました。
現場で感じることを、どう伝えていくのか
この歴史を読みながら、私自身が食や農に関わる活動を通して感じてきたこととも重なりました。子どもたちと一緒に過ごしていると、食べることや、食べものを育てること、土に触れること、誰かと一緒に作業することの大切さを実感する場面がたくさんあります。野菜を育てる。収穫する。料理する。みんなで食べる。そうした体験の中には、知識を得ることだけでは説明できない学びがあります。自分でやってみようとする気持ちが生まれたり、誰かと協力することを覚えたり、食べものが自分のもとに届くまでの過程に気づいたり。子どもたちの表情や行動の変化から、確かに何かが育っていると感じることがあります。
一方で、そうした変化は、必ずしも数値化できるものではありません。短い時間で成果を示したり、わかりやすい言葉で説明したりすることが難しい場面もあります。活動の価値を伝えようとするとき、何をどのように伝えればよいのか、もどかしさを感じることもあります。だからこそ、本書に登場する人たちの歩みが、私にはとても示唆的でした。
目の前の子どもたちをよく観察することや、日々の実践を続けること。そこで起きていることを記録し、考え、伝えること。そうした積み重ねが、すぐには成果として見えなくても、やがて社会の認識を変え、仕組みを変えていく力になるのかもしれないと思えるようになりました。現場で感じていることを、感じているだけで終わらせない。かといって、数字に表れるものだけを価値とするのでもない。目の前で起きていることを丁寧に捉え、その意味を考え、必要な言葉を探しながら伝えていく。そのことを、改めて大切にしたいと思いました。
今ある豊かさ
学校給食が現在のような形になるまでの歴史を知ると、今の日本の食をめぐる環境についても、見え方が変わります。学校で食事が提供されること。子どもたちの栄養や健康が教育の中で考えられていること。給食を通して、食べものや食文化について学ぶ機会があること。ただ栄養を取るだけではなく、いただきますの精神や、配膳などの作業も子どもたちが体験できること…それらは、最初から当たり前に存在していたわけではないのだと改めて痛感しました。
多くの人が子どもたちの生活に目を向け、必要性を訴え、実践を重ねてきた長い歴史の上に、今の制度や文化があります。現在の日本においても、食をめぐる課題がなくなったわけではなく、すべての子どもが同じように豊かな食の環境にあるわけでもありませんが、それでも先人が築いてきたものが、今の私たちの生活を支えていることは忘れずに、その豊かさを当たり前のものとして再度失うようなことは避けたいと思いました。
食べることの意味が、栄養や効率、費用といった側面だけで判断されてしまうとき、食を通して育まれるものや、長い時間をかけて積み重なる価値が、見えにくくなってしまうこともあるのではないかと思います。食べることは、命をつなぐことです。そして、人と関わり、自然とつながり、暮らしをつくっていくことでもあります。今あるものへの感謝を持ちながら、食をめぐる環境がさらに豊かなものになっていくことを願っています。
小さな実践を、未来につないでいく
また、制度が整うまでにも長い道のりがあり、制度ができた後も、それを現場で実現するためには、たくさんの工夫や努力が必要だったことがわかります。制度ができればすべてが解決するわけではなく、現場で実施し続けること、動き続けることこそが本当の意味での実現への一歩なのだと学びました。目の前の子どもたちや地域の方と過ごす時間の中で気づいたことを大切にし、手を動かし足を運んで現場を知り、実践を積み重ねていきたいと改めて感じられました。
参考文献
新村洋史『世界の学校・食育の歴史』績文堂出版、2024年
