【米と大豆について考えるvol.1】日本の食卓を支える米と大豆|日本の食文化と大豆の自給率-私たちはどれだけ食卓までの物語を知っているだろう

日本人にとって親しみ深い「ごはんとお味噌汁」。食卓の準備ができたときに自然と出る言葉が「ごはんですよ~!」ということからも、日本人にとって「ごはん」がどれだけ大きな存在かがわかります。
ごはんの原料である米、そして味噌汁の味噌や豆腐の原料となる大豆。どちらも、日本の食生活に深く根付いている存在で、よく知っているかのように思います。でもふと立ち止まって考えてみると、米や大豆がどのような場所で、どれくらいの時間をかけ、どのような人たちの手によって育てられ、加工され、私たちの食卓まで届いているのか。そうした背景を、温度感をもって理解できている人はどれくらいいるでしょうか。
正直、私自身もまだ学びの途中。食べ物には感謝しなくてはいけない、たくさんの人の手によって食べることができている、頭ではわかっている気がするけれど、それがどれくらい大変なのか、食べものを育てる人はどんなことを感じながら日々すごすのか、何が大変で何が喜びなのか…わかっているかと言われれば到底理解できているとは言えません。4年ほど前から田畑に少しずつ関わるようになり、スーパーに行けば当たり前のように食材を手にすることができ、その当たり前が実はたくさんの人や自然の営みに支えられているという奇跡を、少しずつ肌感覚をもって実感し始めたところです。今回は、日本の食文化を支えてきた「米」と「大豆」を入り口に、私たちの食卓と農業のつながりについて考えてみたいと思います。
米は日本の食文化を支えてきた作物
多くの方が知っているように、米は日本人の主食として長く食べられてきました。稲作は、食料を生産するという役割だけでなく、日本の農村や地域社会の形成など、人々の生活が今に至るまでとも深く関わっています。日本では縄文時代に狩猟採集を中心とした暮らしが営まれ、その後、弥生時代を中心に水田稲作が広がったとされています。田んぼをつくり、水を管理し、稲を育て、収穫するという一連の米づくりには、自然環境や土地の条件がそろうことが必要なだけでなく、人々の知恵や共同作業も必要になります。水を分け合い、作業を協力して行い、収穫した米を蓄える。稲作の広がりは、人々の定住や地域社会の形成にも影響を与えてきたのです。また、米は日々の食事だけでなく、祭りや年中行事、地域の文化とも深く結びついています。つまり、私たちが普段何気なく食べている一杯のごはんには、土地の歴史や文化、人々がどう生きながらえてきたのかを理解するヒントが詰まっていると言えそうです。
大豆は味噌や豆腐など日本の食卓に欠かせない
では、大豆はどうでしょうか。豆腐、納豆、味噌、醤油、煮豆、きなこ…大豆は、そのまま食べるだけでなく、加工や発酵によって多様な食品に姿を変えます。特に味噌や醤油は、日本の食文化を支える欠かせない存在です。また、たんぱく質を豊富に含む大豆は、米にはない栄養素を補うという面でも重要な役割を果たしてきました。
日本の大豆自給率は約7%。食品用に限っても約23%
しかしながら、農林水産省の資料によると、2024年度の大豆の需要量は約359万トン。でも…大豆全体の国内自給率はわずか約7%です。需要量を用途別に紐解くと、約67%は油用、約29%が食品用です。油用大豆については、価格や大量調達など国際的な原料調達の事情があることが多少想像がつきますが、豆腐や納豆、味噌などに使われる食品用大豆に対象を絞ったとしても、2024年の需要量は約104.5万トン。そのうち国産は約24.1万トンです。つまり、「食品用」の国産の割合は約23%。残りの約77%は輸入に頼っているのです。日本の伝統的な食文化を支える大豆ですが、その原料の多くは海外から届いているということを知ったときは大きな衝撃を受けました。
食卓の向こう側にある、農業と地域の暮らし
みなさんは田植えや大豆の栽培を経験したことがあるでしょうか。小学校の課外授業などで田植えや稲刈りを経験したことがある方もいるかもしれません。私は正直あまり鮮明な記憶として田植えや大豆の栽培を覚えていませんでした。そして、1年を通じてそれらに関わるようになって、たとえ断片的に経験したとしても、苗づくりから収穫までの一連の流れに関わるのとは全く別物であり、また収穫については短年単位だけで考えられるものではないという風にも感じるようになりました。
とはいえ、実際に土に触れ、手を動かし、米や大豆を自分で栽培してみると、さまざまな疑問が浮かんできます。
- どんな土や気候が栽培に適しているのか
- どのような地域で生産されているのか
- 生産者はどのような課題を抱えているのか
- 収穫した作物はどのように加工されるのか
- なぜ輸入に頼る構造になっているのか
- 地域ごとに食べ方や料理はどう違うのか
こうした疑問が一度頭に浮かぶと、いつも通りのお味噌汁を一杯飲むときにも、大豆の生産地や発酵の仕組み、地域の食文化について考えるようになりはしないでしょうか。食べるということは、食材を買って料理し、食卓に並べることだけではなく、そのもっと前に、自然や土地、生産者、加工する人たちの日々の生活がある。そして、その背景や物語を知ることは、土地や自然、そこで働く人々の日々の暮らしを自分自身のことのように感じることでもあり、そのように日々の生活を見つめ直す視点が増えるといつもの暮らしがずいぶんと違って見えるようになるのではないかと感じています。
米と大豆を知ることから始めよう
米と大豆について知ることは、日本の文化や社会、経済を知ることにもつながると考えます。果たして本当にそうなのかはまだうまく言語化できずにいますが、少し開いた扉を一つずつ紐解いている今、米と大豆について調べ、発信していくことは、日本の食文化や地域に根付いた魅力を、次の世代へ引き継ぐことにつながるのではないかと感じています。
栽培や品種、土づくり、加工や発酵、流通や制度。そして、地域に残る食文化や、実際に生産・加工に携わる人々の暮らし。資料から得られる知識だけでなく、現場で見て、聞いて、つくって、食べることも大切にしながら、理解を深めていきたいと思います。いつもの食卓にある一杯のごはんと一杯の味噌汁から、その向こう側にある土地や人を知ることで、特別なことをしようとしなくても、日々の食事の見え方や暮らしの感じ方自体も少し変わるかもしれません。ブログを通じて私自身も学びながら、そこで感じた疑問や想いを正直に綴っていきたいと思います。
