恵泉女学園大学の有機教育農場から考える、地域の知恵と営みを次世代につなぐ方法
先日、「私たちは、次世代に何を残せるのか。恵泉女学園大学の『有機・教育・農場』から未来を育む」というシンポジウムに参加しました。恵泉女学園大学が2024年に学生募集を停止したことを契機に、同大学が長年育んできた学びや場を、これからどのように次世代へつないでいくのか。多様な分野の登壇者とともに考える、貴重な機会でした。
会場で語られたのは、有機農業の技術や教育の成果だけではありません。農場が人をつなぎ、地域を育て、自然と人間の関係を問い直す場所になってきた様子でした。その場所が失われるかもしれない今、私たちは何を引き継ぐべきなのでしょうか。素晴らしい場所は消えてほしくないという想いは皆持っていても、現実に目をうつせば簡単に答えが出る問いではありません。会場には、長年にわたって恵泉女学園の学びに関わってきた方々が集まっていました。一つひとつの言葉には、積み重ねてきた経験や思いがにじみ、言葉だけでは伝わらないものも感じられました。
今回のシンポジウムを通じて考えたことを、私自身の活動にも重ねながら振り返ります。
農場が育てるのは、野菜だけではない
恵泉女学園大学には雑木林と有機教育農場があり、長年にわたって学生たちの学びを支えてきました。なかでも驚いたのは、「生活園芸」という、暮らしに根差した土との関わりを学ぶ科目が、全学部の1年生を対象とした必修科目として実施されてきたことです。今からでも私が学びたいと思ってしまいました。
土に触れ、種をまき、作物を育て、収穫する。こうした体験を通じて学ぶのは、野菜の育て方だけではありません。季節とともに変化する自然、土の中で働く生きもの、植物が育ち、次の命へとつながる循環。そして、食べ物をいただくまでにかかる時間。私たち自身も自然の循環の中で生きていることを、体験を通じて学びます。登壇者の方々からは、そうした学びの過程で人が変わっていく様子が語られていました。
これらの体験は、スーパーに並ぶ野菜を見ているだけではなかなか実感できないことです。さらに印象的だったのは、農場が学生だけの場所ではなかったということです。卒業生や地域の人々にも開かれ、農作業や収穫を通じて人と人がつながる場にもなっていたといいます。多様な人々が集まり、関わり合う。そうした時間の積み重ねによって、場そのものが育てられてきたのだと想像しました。農場が育ててきたのは、野菜だけではなく、人々の学びや交流、個人の変化、地域のつながりも育んできたのです。そう考えると、失われるかもしれない価値の大きさと、それをもう一度つくり上げるために必要な時間の長さを痛感します。
有機農業が生み出す、経済的な価値だけでは測れないもの
今回のシンポジウムでは、有機農業を生産技術だけで捉えるのではなく、生産者と消費者の関係から考える視点も示されました。初心者の私にも実感を持って受け止められる言葉があり、心に残りました。
私たちは普段、お金を払って食べ物を手に入れています。生産者がつくり、消費者が買う。市場経済の仕組みの中で、食べ物を手にすることが当たり前になっています。でも、
誰が、どのような思いで作物を育てているのか。
どんな環境の中で、どれほどの時間をかけて生産しているのか。
その農業が地域にどのような影響を与えているのか。
このような温度感のある背景や物語は、いくら知識や情報があっても、いくら毎日商品を手にしても、本当のい意味で理解できるものではありません。
かつては消費する側にいた私も、この数年、少しずつ「つくる」ことを暮らしに取り入れてきました。その中で心のどこかで感じながら言葉にできずにいたことを、今回のシンポジウムを通じては、改めて考えることができたように感じています。
生産者と消費者が、ただ顔を知っているだけでなく、お互いの思いや日常を感じられる関係を築くこと。互いを理解し、地域全体で農業を支えること。そうした関わり方が必要なのだと改めて実感するに至りました。生産の現場にいる人々の表情や思いやリアルな生産の営みが一人でも多くの人に伝わり、それを含めて「食事」をとらえて味わうことは、消費者の選択や思考を少しずつ変えていくだけでなく、「おいしさ」の深さを変えていく豊かな未来の入り口なのではないかと思います。
仕組みとしては、CSA(地域支援型農業)は、生産者と消費者が継続的な関係を築き、農業を支える仕組みの一つとして常に頭にあるようになりました。食べ物を単なる商品として扱うのではなく、人と人との関係の中で支えていくという考え方を生活にとりいれるということを、私自身もCSAを通じて体験する中で、前よりも少し、生産の現場を日々の生活で感じる機会が増えたように感じています。
しかしながらここで改めて考えさせられるのは、経済的な価値と社会的な価値が必ずしも一致しないということです。農場が生み出す価値は、収穫した野菜の売上だけでは測れません。食育、環境保全、地域交流、福祉、自然と関わることによる心身の豊かさ。農場は、こうしたさまざまな価値を地域にもたらす可能性があります。でも、現在の仕組みではそれらの価値が十分な収入につながるとは限りません。社会にとって大切な活動であっても、善意や個人の努力だけでは続けるのがむずかしいもどかしさは、その価値をどう伝え、どのように認め、誰が支え、どのような仕組みで継続していくのかを形にして実践していくしかないのだと、登壇者の皆さんから学びました。私も自分の活動を通じて、1ミリずつでも形にしていきたいと思います。
土地を残すだけでは、農場の継承にはならない
今回、特に考えさせられたのが、大学の学生募集停止に伴う農場の今後についてです。土地や施設を残すことは重要ですが、土地が残れば、そこで続いてきた営みもそのまま残るかというと、もちろんそうではありません。農地を管理すし、実践を支えてきた知恵や思いを引き継ぐことは、これまでの意義が大きなものなだけに簡単なことではないのです。農場で学ぶ人がいなければ教育の機会は失われ、地域の人々が集まる機会がなくなれば、そこで育まれてきた関係性も薄れていくかもしれません…土地を誰が所有し、誰が管理し、どのような目的で利用するのかという制度上の問題もあります。土地の継承には、法制度、管理の担い手、運営資金、地域の合意など、さまざまな条件が関わっているのだと改めて学びました。
農場という場所を残すということは、そこで培われてきた知恵や技術、人と人とのつながり、そして活動を続けるための仕組みも引き継ぐ必要があり、これまでの営みが持つ価値を理解し、その価値をこれからの時代にどう生かしていくのかを考えることが、継承の出発点になるのだと感じました。
地域の農地を「コモン」として考える
今回のシンポジウムでもう一つ印象に残ったのが、「コモン」という考え方です。これまで何度か耳にしてきた言葉ですが、自分自身の言葉としては、まだ十分に理解できていない概念でした。コモンとは、一般に、人々が共同で利用したり、管理したりする資源や、その資源を支える仕組みを指す言葉です。土地や自然環境だけでなく、地域で共有される知識や、人々のつながりも、広い意味で地域を支える財産として捉えられます。
地域に農地があり、野菜が生産されるだけでなく、子どもたちが食べ物について学び、地域住民が交流し、自然環境が守られる、というような価値を、農地の所有者や農家だけが担うのではなく、地域全体で理解し、支えていくことができれば…。農地が地域にとって必要な価値を明らかにし、その価値を誰が担い、誰が支え、どうすれば継続できるのかを考えることができれば…コモンという考え方を通じて、地域の資源から生まれる価値を誰が支え、どう分かち合うのか、地域の未来をつなぐために、資源の価値を社会全体でどう支えていくのかを考える必要があるのだと学びになりました。

