勉強手帖Vol.5 暮らしから始める―佐藤初女さん「いのちの森の台所」(集英社)を読んで
「始めたいと思って始めたのではなく、毎日毎日の生活の積み重ねが、このような活動になりました。」
これは、佐藤初女さんの『いのちの森の台所』の中で、何度も読み返した言葉です。何かを始めたい気持ちや、社会や地域の役立ちたい気持ちがあると、私たちはつい新しいことを始めようとしたり、目に見える成果を求めたりしがちですが、初女さんの活動の出発点にあったのは、特別な計画や大きな目標ではなく、祈るように日々の暮らしと丁寧に向き合うことでした。食事をつくり、人を迎え、一緒に食べ、話を聴く。日々の暮らしを丁寧に積み重ねることが、やがて多くの人の心に届く活動になっていくという姿に、心を動かされました。
私はこれまで、暮らしや食に関わる活動をする中で、目の前の暮らしをおざなりにして大きなことを訴えることに違和感を感じる一方で、草の根の活動だけでは時代の変化とともに失われてしまうものがあることに、もどかしさを感じていました。その中で、目の前のことを一つひとつ積み重ねることがこんなにも強く人の心に届くのだと初女さんの在り方を知り、とても心強く感じました。また、エディブルスクールヤードの活動に参加する中で、「共に手を動かし、共に食卓を囲む」ことが、どれだけ人の心を動かし、人と人とのつながりを育むのかも実感するようになりました。そうして生まれたつながりには、簡単には消えない力があるのだと思い、初女さんの在り方にますます魅力や説得力を感じるようになりました。
食べること、手を動かすこと、共に過ごすこと
初女さんは、食材を単なる「もの」としてではなく、「いのち」として捉えています。食材の状態をよく見て、香りを感じ、手で触れ、味を確かめる。「食材がしてほしいように調理する」という姿勢からは、そのときどきの食材に向き合いながら、どうすればそのいのちを生かせるのかを考える姿が伝わってきます。料理の一つひとつの工程に、食べることや生きることへの深い思いが込められていることを感じずにはいられません。
また、初女さんは、訪ねてきた人の話を聴くことを大切にしていました。先入観を持たず、自分の考えをいったん脇に置き、その人が感じている重みのままに受け止める。すぐに答えを出そうとせず、相手が十分に話すまで耳を傾ける。そして、一緒に食卓を囲む。
ともに食すことは、ともに在ること。
どんなに言葉を尽くして話すより 深いところで通じ合えます。
という初女さんの言葉は、迷ったときにいつも思い返す言葉です。人のために何かをしたいと思うとき、私たちはつい、「自分に何ができるか」や「どんな解決策を提示できるか」を考えてしまいがちですが、本当に必要なのは何かをしてあげることよりも、目の前のその人のありのままを丸ごと、その人が見て、考えて、感じているそのままに受け止めようとしてみることなのかもしれないと感じます。すると、相対して話し合うことよりもずっと、共に食卓を囲むことの豊かさや安心感を改めて実感するに至ります。食事をつくることも、人の話を聴くことも、手を動かして何かをつくることも、目の前のものや人に心を向けて命としっかり向き合うという点で共通しているのではないかと思います。
なにかをしたいという思いに駆られると 外へ外へと求めて、足もとのことがおろそかになりがちです。いちばん大切なものは、実は身近にあります。
という言葉もまた、シンプルながら、普段の暮らしの中でつい忘れがちなことを言い当てているように感じて何度も思い返す言葉です。私たちは何かをしたいと思うと、外へ外へと目を向けがちです。新しい知識を得ることも、技術を学ぶことも、社会の動きを知ることも大切ですが、それらを追い求めるあまり、目の前の暮らしや人のことを、知っているようで知らず、見えているようで見えていないことがあるのではないかと、自分自身をふりかえりいつもハッとします。日々の生活を真剣に積み重ねる力を信じて、目の前の人やいのちに心を向けながら学び続けたいと改めて思いました。

