勉強手帖vol.1 学校給食の歴史と、給食は何のためにあるのか
食・農・マインドフルネス。私にとっての3つの軸について毎日少しずつ学びを重ねています。今日調べてみたのは、私たちにとってあまりにも当たり前の存在になっている「学校給食」についてです。給食がいつ、どのように始まったのか。そして、給食は何のために実施されているのか。少し立ち止まって考えてみたいと思います。
学校給食の始まりは「福祉」だった
現在は学校との関係性が強く「教育」とのつながりを感じる給食ですが、学校給食が19世紀から始まったとされるヨーロッパにおいても、日本においても、「福祉」の役割として始まっていたそうです。救貧を目的とした社会福祉、児童福祉の位置づけとして給食の歩みは始まりました。
日本では、1889年、山形県鶴岡市の私立忠愛小学校で、仏教慈善団体が貧困児童の就学を奨励するために食事を提供したことが学校給食の始まりとされています。子どもが食事をとり、学校に通うことができる環境を支えるために給食は誕生したのです。
「救う」から「教育」へ――学校給食の役割の変化
しかし、学校給食は時代の変遷とともに少しずつその役割を広げていきます。たとえばイギリスでは、1906年に学校給食に関する法律が制定されると、「地方教育当局」が学校給食に関わる仕組みが整えられました。つまり、給食の管轄が教育の分野と接続したのです。
そして1951年には、ユネスコと国際教育局による「学校給食及び衣服に関する各国文部省に対する勧告第33号」が採択されています。この勧告では、学校給食には子どもたちへの栄養的・教育的な利益があることなどが示されており、給食が単に「お腹を満たすもの」にとどまることなく、「子どもの教育を支える存在」「教育そのものの一部」としてとらえられています。
また、学校給食が必要とされる時代背景として、
・女性の社会進出など家庭を取り巻く状況が変化したこと
・食事が子どもたちの健康や学業や人格形成の基礎になること
・家庭において栄養食の手本を正しく実践するのは難しい側面もあることから、学校給食が手本となるべきこと
…などが述べられています。これは現代においてもあてはまるのではないでしょうか。
さらに興味深いと感じたことは、勧告では給食の実施方法として自校方式が推薦されていることです。「実施方法?」と思う方もいるかもしれません。実は給食には様々な実施方法が存在し、その選択は自治体にゆだねられています。現在の日本においても「給食」とひとことで言っても全国一律で運営されているわけではなく、実施方法、そもそも給食を実施するか否か、原材料の調達方法や献立にはさまざまな形があり、自校方式、センター方式、親子方式、外部調理場からの配送など、それぞれの地域で異なる方法がとられているのです。
自校方式については別の記事でとりあげたいと考えますが、50年以上前の勧告においてその方式が推薦されていたことは、給食を単なる食事の提供としてではなく、子どもたちの心身の発達や教育的な視点でとらえていたのではないかと伺えます。
「心」も満たす食事の在り方――学校給食勧告で心に残ったこと
本書の中でも大きく取り上げられていますが、勧告の中でとても心に残った内容を紹介したいと思います。子どもたちの側に立って、給食が子どもたちの心や情緒に及ぼす大きな力について考え、その重要性を伝えているようで、とても印象的でした。
勧告では各国文部省に学校給食を充実すべきであると述べたうえで、給食の政策目標を下記のように提示しています。
・食堂などは子どもたちに楽しく居心地のよい雰囲気を与え、授業の後でくつろげること
・親と家庭にいるようにのびのびとふるまえること
・美的感覚を育てること
・できるだけ過密をさけてゆっくりした室内で、家庭の食卓を思わせるような円テーブルにグループごとに席をつくること
・備品類はただ実用的だということではなしに、子どもがそれを楽しいものだとしてながめ、持ち物のように大切に取り扱う気持ちを起こすようにという配慮に基づいて選定すること
もちろん、食に関する側面や栄養、発達についての文言もあるわけですが、こうした情緒的な面にまで目を向け、数値化しづらい子どもたちの心地よさをも政策目標にとりいれている点が本当に温かな人間らしい言葉の数々だと感じました。
「給食」というと、つい栄養や安全性のことが議論されることが多いように思いますが、実際の食事を思い浮かべると、どんな場所で、どんな雰囲気の中で、どんな気持ちで食事をするのかは、とても大切なことだと思います。食事内容だけでなく、食事をする「場」についての設計が、子どもの生活や学びに関わるものとして考えられていたことに感銘を受けました。
また、もう一つ興味深かったことは、当時の国際教育局(International Bureau of Education)のDirectorを務めていたのが、スイスの世界的な心理学者ジャン・ピアジェだったという点です。ピアジェは1929年から1967年まで国際教育局を率いていたことが確認できます。安易にピアジェとこの学校給食勧告の内容を直接結びつけることはできませんが、子どもの発達や学びを考えていくうえで、心理的な側面から「食べること」の意味が大切にされていたのではないかと思わずにはいられませんでした。
市民の力と学校給食法
日本における学校給食法の制定について調べていると、興味深いエピソードと出会いました。市民の請願活動についてです。戦後、アメリカなどからの援助物資を受けて学校給食が再開されると、1947年には全国の都市部の児童を対象に学校給食が実施されるようになりますが、援助資金の打ち切りによって学校給食の継続が危ぶまれる時期がありました。すると、全国で学校給食の継続・実施を求める請願活動が広がっていったというのです。
「全国的な請願活動」というと一言で終わってしまいますが、そのひとつひとつの声にもエピソードがあるはずで、その様子は「圧倒的」だったそうです。文部科学省の資料でもこの学校給食法の実現は「長年の要望」であったと記述されており、国民の動きがどれだけ強いものであったかを表しているように思います。
また、制定された学校給食法では、学校給食について、
小学校における教育の目的を実現するため
という位置づけが明記されています。このころには日本においても、学校給食が明確に「教育の一環」として位置づけられていたのです。
食べることは、命をつなぐこと
エディブルスクールヤードの活動を通じても、母としても、一人の人として生活する中でも、食べることは命をつないで生きていくことの根本であり、生きることに直結する活動だと考えています。
「脳社会」といわれる現代では、情報も、便利さも、効率の良さも、生産性もあがったかもしれませんが、脳みそだけでは生きていけないと思うのです。体があってこその命。命をつなぐためには、何かの命をいただく行為が必要であり、そのリアルな瞬間にこそ、すべての学びや知識の根源である「知恵」や「教育」が凝縮されているのではないかと思うのです。野菜なら野菜、肉なら肉、魚なら魚が、その命として人生を全うし、次の子孫へと命をつなぐこともできたその命を自分の命に代えて生きていく。それが食事という行為だと考えると、そこには生きた学びがたくさんあると感じます。
給食に関わる人の存在
さて、本書では、1956年に出された文部省の学校給食課長による通達「学校給食について」についても紹介されています。そこでは、
・子どもたちの給食の時間に、栄養職員が給食の食材や栄養について子どもたちにわかりやすく説明すること
・調理員の皆さんがその日の給食をどのように調理したのかを子どもたちに伝えること
などが求められていたそうです。つまり、給食の現場に関わる職員が、給食という「教育活動」に参加し、子どもたちに積極的にその意義を伝えることが求められていたというのです。
実際の教育現場の大変さもわかるので、現場の方に思いを馳せると複雑な気持ちにはなりますが、それほど給食に関わる方々の存在の大切さ、給食をつくるプロセスやそこにある思いが伝わることの大切さが尊重されているように感じられたことは、とても印象的でした。
便利さの背景で失われていく名もなき時間
現代に生きていると、食材を「育てる」ことや、土づくりなど食材を育てられる環境を「整える」ことに関わる機会が少ないだけでなく、そのプロセスを肌で感じたり、景色として見る機会さえもないことがあります。さらには、食材を料理して食事にするという「つくる」という機会でさえも、中食や外食などの便利さも手伝い失われているように思います。
子育て中の母親として、リアルな子育てや共働きの姿を実感すると、一概にその現状に苦言を呈するのは、食事を苦しく感じてしまう人を増やすだけのような気がして、少し気が引けます。便利なことは、決して悪いことではなく、私自身も便利さに救われることが多々ある一人ではありますが、そのような生活によって失われているものがあるとすれば、
・食材について「何気なく」耳にする機会。
・食材が育つ景色を「なんとなく」見る機会。
・調理するプロセスや、その手間暇や想いについて、肌で感じる機会。
身構えることなく、自然と身についてしまうような体験や時間が失われているのではないかと思うのです。日々の暮らしの上で昔であれば意図することなく学び受け継ぐことができていた時間が失われているのだとしたら、どこかでその時間を創出する必要はないでしょうか。
年間およそ190回 給食は「生きた教材」
学校給食は、学校生活の中で何百回も繰り返される時間です。文部科学省の調査では、学校によって違いはありますが、小学校では年間およそ190回前後の給食が実施されているそうです。家庭の事情は、世代を超えて受け継がれる要素もあり、一筋縄で解決するのは難しい側面があるように考えますが、給食の時間が学びの根源となるような、社会のすき間を埋める役割になることはできないだろうかと思わずにはいられません。おいしく、楽しく、子どもたちの心と体に残っていくような「生きた教材」としての給食であってほしいと個人的には願います。
学校給食について調べてみて、改めて、食べることと学ぶことのつながりを感じました。「何を食べるかによって社会は変わる」とよく耳にしますが、食べるという毎日行われる行為を通じて、私たちが毎日何を食べるのか、どこでつくられたものを選ぶのか、誰がつくったものを食べるのか、どんな業を支えるのか、どんな未来を残していくのか。学校給食は社会に旅立つ子どもたちにとって、おいしく楽しい学びの入り口になるのではないでしょうか。
参考文献
・新村洋史『世界の学校給食・食育の歴史』
・牧下圭貴『学校給食 食育の期待と食の不安のはざまで』

