武蔵野美術大学「民具これ、なーんだ」

武蔵野美術大学美術館で開催されている企画展「民具これ、なーんだ」に行ってきました。人間の暮らしの必要から生み出された道具、民具。民具そのものの美しさだけではなく、観察することの面白さを体感できる展示でした。

武蔵野美術大学 9万点もの民具の所蔵
武蔵野美術大学には約9万点もの民具が所蔵されているとのこと。今回の展示はその一部ですが、世界的にも誇れる所蔵数に驚きました。民具には、地域の文化や人々の暮らしの知恵が宿っています。失われつつあるその魅力を未来へつなぎ留めようとする想いが展示から伝わり、とても心を動かされました。(展示されていた民具の多くを管理している民俗資料室は、火曜日と木曜日に一般公開されているそうです。ぜひ今度訪れてみたいと思います。)
「なぜ美術大学に民俗資料があるのか」という問い
個人的に最も印象に残ったのは、
「美大で民俗学を学ぶんはアウトレイジやるこっちゃで」
という言葉。「なぜ美術大学に民俗資料があるのか」という問いに対する答えとして紹介されていました。既存の枠組みに収まらず、異分野を横断して学ぶことの面白さや価値を象徴する、とても印象深い言葉でした。
宮本常一の書簡に心を打たれる


私にとって大切な一冊である『忘れられた日本人』の著者、宮本常一が武蔵野美術大学に宛てた書簡も展示されていました。特に心に残ったのは次の言葉です。
「学ぶということがもっと自由に、もっと周囲にしばられないでものを考える方法を見つけ、またそうした態度を持つことでなければならないと考えています。」
「文化というものが画一的な人間をつくることであったらかなしいことです。」
徳利の展示から始まる「観察する」という体験

展示の入口でまず目に飛び込んでくるのは、ずらりと並んだ徳利。一見すると同じように見えるものでも、じっくり観察すると形や口、胴の膨らみなど細かな違い、人々の暮らしが見えてくるようでした。共通点や違いを見比べることで分類や系統、典型が浮かび上がるというアプローチは、「観察する目」を自然に開いてくれる展示の導入になっていたように感じました。
凧印と竹細工に宿る、人々の暮らしの美

土地や風土に根差した信仰や伝説、美意識や誇りを造形化した凧印の展示は圧巻でした。凧には人々の願いや祈りが込められているようで、思わず息をのむような迫力があります。

一方で竹細工には、暮らしの中で磨かれてきた技術と工夫が凝縮されていました。生活の必要から生まれたものが、長い時間を経て結果として洗練され、美しさを帯びていく。その姿に、「暮らしの中から生まれる美」を感じました。
「見立て」を楽しむ展示も面白い

「見立て」をテーマにしたコーナーも印象的でした。対象をありのまま理解するだけではなく、自分の記憶や知識、錯覚によって思いがけず別のものに見えてしまう。その体験を通して、自分のものの見方そのものを見直すことができます。

来館者が描いたデッサンも壁いっぱいに展示されていて、実際に自分も参加できる参加型展示になっていました。
民具をキュレーションする楽しさ
最後には、「民具をキュレーションしてみよう」というコーナーもありました。造形や機能、美しさなどさまざまなテーマごとに民具が展示され、「自分ならどう並べるか」を考えながら鑑賞できます。民具に詳しい人も、初めて触れる人も、大人も子どもも楽しめる工夫が随所に散りばめられていました。

帰り道にはだんごの三好でお団子を買って帰宅。心もお腹も満たされた、とても良い一日でした。

