なぜお米と大豆を伝えたいのか|40歳から始める、お米とお豆を伝える暮らし

突然ですが、今年40歳になりました。幼い頃からなぜか「40歳になったら自分の人生が始まる!!」と信じて疑わなかった私。「四十にして惑わず」という言葉を知っていたはずはないのですが、40歳という年齢には特別な意味を感じてきました。そして今その節目を迎えた私は、これからの人生をお米と大豆の魅力を伝えることに捧げたい!と思っています。
お米に惹かれた理由
私がお米に魅了されるようになったのは、結婚と出産が大きなきっかけだったように思います。結婚して家族の食卓を任されるようになり、自然と中心になったのはごはんとおみそ汁のある食卓でした。「ごはんとおみそしるのある食卓なんて教科書どおりすぎるだろー!」と悔しい気持ちもあったのですが、体調の面でも、経済的な面でも、栄養面でも、子どもたちにお手伝いさせるにも、留守中に作って食べてもらうにも、年を重ねる自分の体調と向き合うにも、女性の体調の波と向き合うにも。とにもかくにもお米と汁物は便利で、何度も流行りの料理や映える料理に飛びついたことはあるのですが、戻ってきてしまうのでした。
産後、食事によって母乳の様子が変わることに気づいたこともきっかけのひとつです。生々しい話ではありますが、食べたものによって母乳の色も、濃さも、本当に変わるんです。母乳は血液を材料としてつくられるものですから、赤ちゃんの食事になるのはもちろんのこと、目に見えないときも血液として自分自身の体をかけめぐっているのだと思うと「食べたもので体はつくられる」ということを実感し、ゾクゾクしました。
体感的にもお米をしっかり食べた日のほうが体調が整いやすいことに気づいたのも大きなきっかけです。糖質制限を試してみたり、パスタやパンなどのおしゃれな食事を求めてあっちゃこっちゃと食べ歩くのを楽しみにしていた時期もあるのですが、お米を中心とした食事の安心感と安定感がまさり、ここでもやはりご飯とおみそしるの引力に引き寄せられてしまうのでした。(ちなみに良くも悪くもその生活にしてから20年ほど体重は変わらず。)
今では私にとってお米は食であり、薬であり、美容液のような存在です。お米を食べるようになってからは、食欲も安定するようになり、食欲が安定すると毎日の食事の舵取りがしやすくなり、生活自体のハンドルを握る感覚にもつながっています。お米は体だけでなく暮らしそのものを支えてくれる存在になりました。
大豆との出会いが、日本の食文化を見つめ直すきっかけになった
大豆との出会いは、子どもたちとのエディブル授業でした。国語教材『すがたをかえる大豆』をきっかけに、大豆を育て、枝豆として味わい、大豆を収穫し、豆腐やきなこへと姿を変えていく過程を何度も子どもたちと学びました。その中で出会ったのが、大豆100粒運動です。
大豆には、私たちがよく知る黄大豆だけでなく、青大豆や黒大豆、赤大豆など、日本各地で受け継がれてきた300種類以上の地大豆があります。これほど多くの地大豆が残されていることは、日本人が古くから大豆を大切に育て、食べ続けてきた証でもあります。でもその一方で、日本の大豆自給率は2024年時点で約7%。納豆や豆腐など食品用に限れば約23%ですが、油や飼料に使われる大豆の多くは輸入に頼っています。
お米と大豆は、日本の食文化を支えてきた二本柱ともいえる存在であるにもかかわらず、お米の生産量は減り、大豆の自給率も低いのはなぜでしょうか。まずは自分自身が暮らしの中でお米とお豆を大切にしてみようと、実践する中で気づけば暮らしが整っていきました。
さらに、子どもたちと実際に大豆を育ててみて、普段口にしている大豆やお米は「食べ物」であると同時に「種」でもあることに気づきました。一粒の種が何十倍、何百倍もの実りを生み出す様子に、「一粒万倍」の意味を実感し、一粒の命の尊さと、自然の力の偉大さを教えられました。
田んぼを学ぶほど、お米の価値が見えてきた
私は昔から田んぼの風景が好きです。特に理由はないのですが、好きなんです。その「好き」が高じて、2023年より、南房総を拠点に活動されている五十嵐武志先生のもとでお米づくりを学んでいます。五十嵐先生は、田んぼを単に「お米を育てる場所」としてではなく、人と自然がそれぞれのリズムを保ちながらともに育ち合う場として捉えています。先生が実践する冬季湛水不耕起移植栽培では、数年という時間をかけて、田んぼが周囲の環境と調和し、多様な生きものがそれぞれの役割を果たしながら、生態系が育まれ、山々から染み出した水を田んぼにためて、川へとつなげる様子から田んぼの保水機能なども体感します。
自然を思いどおりにコントロールするのではなく、その力を生かしながら人が田んぼと関わることで、結果的にお米という恵みをいただくことができるのだということを学びました。お米は単なる食べ物ではなく、人と自然、日本の風景や文化を未来へつないでくれる存在なのだと感じています。
一方で、日本では1960年代以降、お米の消費量や作付面積、米農家の数が減少し続けています。現在、日本人一人当たりのお米の消費量は、1日約140gといわれています。お米の消費が減れば、生産を支える仕組みも成り立たなくなります。そして、一度失われた田んぼは、簡単に元へ戻せるものではありません。だからこそ、日本の田んぼの風景や、お米のある食卓が当たり前ではなくなる前に、一人でも多くの人が、日本で育てられたお米を食べることに魅力を感じてくれたらと思うのです。
お米と大豆は、最強の時短食材
現代では、「毎日の料理が大変」「献立を考えるのが負担」という声を本当によく耳にします。私もその一人です。試行錯誤する中で、私はお米と大豆こそ、毎日の食卓を支えてくれる最強の時短食材だと考えるようになりました。
ごはんと味噌汁を軸に考えれば、献立はぐっとシンプルになることは、土井善晴先生の「一汁一菜でよいという提案」で述べられている通りです。さらに、ごはんは粒のまま食べるため自然とよく噛むようになり、満腹感を得やすく、腹持ちもよい食べ物です。たんぱく質や野菜と組み合わせることで、食後の血糖値の急激な上昇を抑えることにもつながるとされています。
そして、お米も大豆も決して「毎日同じ味」ではありません。お米は産地や品種、生産者、その年の気候や育て方によって、甘みや香り、食感が変わります。味噌も、大豆の品種や麹、熟成によって、一つひとつ異なる個性があります。つまり、人が毎日工夫を凝らさなくても、自然が育んだ違いが、その日の食卓に変化を与えてくれるのです。その日の体調や季節によって、「今日はこのごはんがおいしい」「この味噌汁が体にしみる」と感じることもあります。私は、そんな自然から受け取る小さな変化こそ、お米と大豆の大きな魅力だと思っています。
お米をもっと身近に、もっとおいしく、もっと楽しく取り入れられる方法を。
ブログで、ワークショップで、田んぼと畑で伝えていくこと。これが今年から始まる私のチャレンジです!

