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玉堂美術館を訪れて|川合玉堂が描いた「人の営み」の美しさ

玉堂美術館

先日、青梅市にある玉堂美術館を訪れた。連休最終日に急に思い立ち、最近日本画に興味があるという娘に背中を押されて訪れたのだ。娘孝行…のつもりが、思いがけず川合玉堂の絵に強く惹かれてしまった。絵そのものの美しさはもちろんだが、「彼が何に目を向け、何に美しさを感じ、何を描こうとしたのか」に心を動かされたように感じている。

玉堂の描く自然には、人の気配がある。ただ美しい山や川の自然を描くだけではなく、その土地で暮らす人々の営みが静かに流れていて、暮らしの温度を感じることができた。田植えをする姿、暮らしの一場面のスケッチ、ちまきのスケッチ、そして、人の「足」のスケッチ。

暮らしの瞬間に目を向ける

美術館は作品を主に展示する第一展示室と、スケッチや彼の印章などを展示した第二展示室、そして彼の画室を再現したスペースに分かれているが、私は特にスケッチに魅了された。中でも、彼の描いた「足」のスケッチには何度も戻って眺めてしまった。

決して高価とは思えない衣服の裾とごつごつとした素足が描かれたスケッチには、いわゆる美術的な「整った美しさ」ではなく、人の暮らしや流れる時間、生き様を感じることができた。

私は昔から、人の手や足に惹かれる。そこには、その人の暮らしや感性、生き方、多くの時間の積み重ねが現れる気がするから。どんなものに触れてきたのか、どんな土地で生きてきたのか、どんな時間を重ねてきたのか。身体には、その人の人生が滲むのですごく魅力を感じる。玉堂もまた、そんな身体に美しさを見出した人だったのかもしれないと感じられて、人の足のスケッチをみたときはうれしくなってしまった。

美術館を後にして調べたところ、玉堂は「日本の原風景」を描いた画家として語られることが多いそうだ。でも、実際に作品を見て感じたのは、単なる懐かしい風景だけではなく「その自然の中で生きる人間」の存在だった。名もない人々の営みや、旅人が交わすなにげない会話やその空気、季節を迎える手仕事、労働する身体、四季折々の自然。

そうした、普段なら通り過ぎてしまいそうな瞬間に彼は目を留め、その瞬間を忘れないように想いを込めて描いたのだと思うとひとつひとつの作品が本当に大切なもののように思えた。彼が、日常を「描くに値するもの」として見つめ続けたのだと感じられるのがとてもうれしかった。

また、晩年の終の棲家を偶然見つけた庵という意味で「偶庵」と名付けた感性にも惹かれた。人生や自然の流れ抗うことなく出会いそのものを愛でるような感覚に魅力を感じた。

透明感を感じる彼の姿勢

年譜

さらに印象的だったのは、ショップで購入した「川合玉堂年譜 山川草木と辿る一生」の中にある、玉堂のこの言葉だった。(ちなみにこちらの年譜はほとんどの図録が図録と年譜が別々に掲載されているのに対し、年譜と共に作品が紹介されるので、その変遷を体感しやすい一冊になっている)

「今日よりも明日、明日よりもまだその先に、私の絵はもっとよくなると思っている」と、玉堂は生前個展を開かなかった。

完成されたものとして作品をとらえるよりも、変化し続けることや生き続けることそのものを大切にしていたように感じられて、諸行無常の嘘偽りのない美しさを大切にしているように感じた。

玉堂の絵そのものの価値は私が改めて触れる必要のないものだけれど、私自身はその絵画の価値だけではなく、彼が目を向けたもの、そしてそのまなざしそのものに、深く心を動かされたのだと思う。


玉堂美術館について

川

玉堂美術館 は、東京都青梅市・御岳渓谷の近くにある美術館。日本画家・川合玉堂が晩年を過ごした地域に建てられており、自然豊かな景観の中で作品を鑑賞することができる。御岳駅からほど近く、徒歩10分ほどで行くことができる。すぐ近くに流れる川を多くの人が楽しんでいた。

館内では代表作だけでなく、スケッチや書、暮らしの痕跡を感じられる展示も多く、玉堂がどんなものに目を留め、どんな時間を生きたのかを静かに感じられる場所だった。

多摩川の流れや周囲の山々も美しく、美術館そのものが、玉堂の描いた世界と地続きになっているような感覚がある。

玉堂美術館 HP

葉

この記事の著者

ひかる  

2児の母。慶應義塾大学卒業後、企業勤務を経てレシピ開発・執筆に従事。生産者取材を通じ食の背景と体験の価値を探究。現在は東京都日野市で「おこめとおだしのある時間」を主宰。育て、つくり、味わう体験を通じた学びの場づくりをしている。

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